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zoom RSS 尾崎 一蓮(10/14)

<<   作成日時 : 2006/10/14 00:39   >>

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 本日紹介するのは、「紅天女」の生みの親にして、月影千草の魂の半身たる男性「尾崎 一蓮」です!

 プロフィールとしては、
 名前    尾崎 一蓮(おざき いちれん)
 性別    男
 年齢    既に亡くなっているが、
        亡くなった時の年齢は恐らく
        50代中盤位だと思われる
 出身地   奈良の田舎(梅の里)?
 趣味    演劇についての一切のこと
 職業    月光座の責任者
        脚本家・演出家
 資産    最終的には速水英介の謀略に
        より無一文(紅天女の上演権
        のみ)
 性格    穏和 しかし芸に対しては月影千草
        と同等な程非常に厳しく
        一切の妥協を許さない
        育ちの良さのせいか、ちょっと
        精神的に弱い部分もある
 特技    優れた演技指導
 家族    父(月光座に出資している
          資産家)
        妻(美人だが冷たい。
          一蓮が最も辛い時期に
          彼を見捨てた非常な女。)
        子供(?人)   
くらいですね!

 「紅天女」の生みの親にして、月影千草の演劇人生、いや人全てに多大な影響を与え、死後もその「紅天女」を通して演劇界に携わる様々な人に大きな影響力を持つ、それがこの「尾崎一蓮」です!

 この「ガラスの仮面」はまさに一蓮と月影千草との出逢いから始まっていると言っても過言ではありません。
 そういう意味では、この一蓮は「ガラスの仮面」の最重要人物でもあります。
 そうでありながら、彼について詳しい説明があるのは、物語も終盤となった頃のみです。(文庫本第22巻)

 上記したように、この「ガラスの仮面」に多大な影響を及ぼすのが尾崎一蓮と言えるのですが、果たしてこの人物はそれ程演劇会において重要な人物だったのでしょうか?

 演劇会においてそれ程たいしたことをしていないのではないでしょうか?
 一蓮の人生の中で最高のハイライトは、「月影千草(千津)と出会い、すさんだ生活から救ったこと」ではないでしょうか?
 素晴らしい美貌と多くの観客を感動させうる演技の才能を発揮する大きな可能性を持っていた月影千草と偶然出逢い助け、演劇界への道程を作ってやったことこそが最大のハイライトであると言えるのでは?
 この1人のいたいけな少女をどん底の荒んだ生活から助けてあげることで、1人の少女の心に生涯消えることのない絶大な信頼と愛情を植え付けることに成功し、その信頼と愛情を糧にした1人の大女優であり演劇の追求者を生み出すことになったのですから。
 そうした大女優であり演劇の鬼(=月影千草)を作り出したこと自体が彼の最大の功績であろうと感じます。

 それ以外のことで、それ程演劇会において功績があったとは感じません。
 むしろ、資産家の息子であるためか、やや精神的に弱く逆境に弱い部分があり、月影千草を非常に心配させることもありましたし、それどころか逆境に耐えきれず、結局自殺する道を選ぶということまでしており、演劇会における敗北者のように感じます。

 こうして書くと、「紅天女」の脚本家としての功績があると言われるかもしれません。
しかし、「紅天女」が演劇界幻の名作となったのは、いわゆるホンの出来よりも役者(月影千草)の演技、芸によるものが大きいのではないでしょうか?
 
 脚本は正直言って、それ程突飛で画期的な芸術的作品ではないのではないでしょうか?
 その物語の根底を流れるものとして、自然保護、人間の幸福の追求、愛などがあると思いますが、それらのテーマや物語は比較的よくあるものです。
 これらの抽象的なテーマや自然そのものを演劇として表現することは確かに難しいのですが、ホン自体は展開が予測つくものであるし、それ程演劇会に一石を投じるような内容ではないと感じます。
 すなわち、「紅天女」は、梅の木の精霊という自然の存在でありながら人に恋するという非常に難しい役・紅天女を演じる月影千草が素晴らしいのであって、尾崎一蓮が飛び抜けた才能を持っている訳ではないと感じます。

 一蓮はその「紅天女」を完璧に演じることができる月影千草を発見し、助け、指導し、「紅天女」を通して月影千草に新たな演劇に対する悟りを開かせ、大女優として世に出したこと自体が功績であり、そのことが「ガラスの仮面」における最重要人物たる理由だと感じます。
 イヤな言い方をすれば、もちろん優しさがあったからですが、お金持ちの気まぐれで助けた少女が心底一途であったこと、そしてその少女が類い希なる美貌と演劇に対する天才的な才能を保有していたことが、彼の名を死後の後も残させることになったのだろうということです。
 全ては月影千草のなせる技と言えると感じるのです。
 月影千草がいなければ、彼は月光座の消失後、とても復帰はできなかったでしょう。そして「紅天女」も話題になることはなく、彼の名は演劇会に残ることもなかったのです。
 
 「尾崎一蓮」とは、月影千草の愛によってのみ生かされていた存在だっとのだと感じています。

 ここまで、かなり一蓮に対して否定的なことを書いてきましたが、彼が月影千草を助けなければ、彼女が演劇会でその美貌と才能を発揮する機会は永久に失われていたことを考えれば、やはり一蓮と月影千草相互補完の関係であり、どちらが欠けてもいけない存在だったのでしょう。
 そしてその一蓮への愛がなければ、月影千草の演劇の才能が花開くこともなかったのです。
 正に”魂の半身”ですね。

 そう考えると、やはり「ガラスの仮面」の中で語ることを忘れてはならないキャラということになるんですよね。
 2人で1人として「紅天女」を、そして「ガラスの仮面」の壮大な物語の契機を作っているんですね〜。

 さて、相当一蓮についてキツいことを書いてきましたが、人柄的にはなかなかのいい人です。優男風で、穏和なイメージです。
 両親を知らず、荒んだ状況の月影千草が惚れてしまうのも無理はありませんね。(父親がいなかったことから、恐らく月影千草はファザコンだったでしょうし…。考えすぎかな?)

 しかし、私は一蓮についてどうしても許せないことがあります。
 せっかく月影千草と心を通わせながら、消えゆく月光座と運命を共にして自殺したことです。
 これはやはりいけません。
 月影千草という女性の人生を救っておきながら、結局見捨ててしまっている形になっています。
この行動が男としてどうしても許せないのです!
 ボンボンの悲しさとでも言いますか、逆境に弱すぎます。
 このため、私はどうしても一蓮を好意的に見られないんですよね〜。

 いくら荒んだ生活から救って貰ったとはいえ、ここまで一途に思い詰める価値がこの一蓮に本当にあったんでしょうか!?
月影千草を育て上げた「演出家の腕」も芸に厳しいとはいえ、他の俳優が育っていないことから、それほど良いものであったとは思えないですし…。)
 その辺が非常に疑問のドラ焼き!なのでした。





きみが演じるとき ぼくの魂は生かされる
 きみはぼくの魂の表現者だ
 舞台の上でふたりはいつも一緒だ






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